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名古屋高等裁判所 昭和39年(く)9号 決定 1964年4月16日

少年 T(昭二〇・九・二九生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告申立の趣旨は、少年の親権者が差出した抗告申立書に記載されているとおりであるから、これをここに引用する。

右申立の趣旨に対し当裁判所は次のとおり判断する。

所論は憲法第三一条違反を言うが、その実質は少年審判規則等の法令違背を主張するものであるところ、原審は本件保護処分に当つて、家庭裁判所調査官、保護観察官、保護司等の本件少年に対する調査報告書、意見書を判断の資に供していることは窺知することができるが、およそ、非行少年に対する保護処分は、少年に対し性格の矯正及び環境の調整を目的としてなされるものであつて刑事処分とその性格を全く異にし、調査官、保護観察官、保護司は右保護目的のために行動するものであるから、これらの調査資料及び意見を保護処分の判断の資料とするについて、必ずしも右調査官、観察官、保護司をして、審判期日に審判の席にて直接報告せしめ或いは意見を開陳せしめ、これに対し少年をして否定、反駁の意見を開陳する機会を与えた上でなければ判断の資料に供し得ぬわけではない。ひるがえつて、原審は本件審判手続において、所論のごとく保護観察官、保護司の出席を求めず、家庭裁判所調査官に意見を開陳せしめたが、これに対し少年をして特に意見を述べることを促した形跡はないが、前段説示により明かなごとく、右審判手続は少年法、少年審判規則等に違反するものでない。その他一件記録を調査するも原審決定に影響を及ぼすべき法令違反は発見せられない。

よつて本件抗告は理由がないから少年法第三三条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小林登一 裁判官 西川力一 裁判官 斎藤寿)

決定書引用の非行事実は省略

参考二

抗告申立書

名古屋市○区○○町○丁目○○○番地

右の者に対する名古屋家庭裁判所昭和三九年少第一〇〇八号事件につき、昭和三九年三月一七日の審判に基きなされたる保護処分決定は不服につき、茲に抗告の申立を致候

抗告の趣旨

原決定を取消す。本件を名古屋家庭裁判所に差戻すとの御裁判を求む。

抗告の理由

原決定は憲法第三一条による適正なる法の手続を欠きたる憲法違反の決定なり。

原決定の基礎となりたる昭和三九年三月一七日の審判期日に行われたる審判に於て、少年審判規則第二八条により、名古屋家庭裁判所裁判官、同裁判所書記官、同家庭裁判所調査官の出席ありたることは審判調書記載の通りなり。

然るに、右審判に当り、同法第三〇条所掲の保護観察官、保護司、法務技官、法務教官の立会無之儘審判はなされたるものなり。

本件少年は既に保護処分を受け、保護観察中に有之ものにして、其頃より少年鑑別所、保護観察所に於て、保護処分執行に資する本人の資質鑑別、又保護観察人格考査、犯罪更正保護等に各専門的智識を以て審査をなされたるものにして、本件審判前には更に裁判官に於て、之等機関を通じ、少年に対し各意見を聴取され居るものなり。

素々、刑事訴訟法の公判に相当する少年法の審判は公判審理の如き予断排除主義を採られ居るものに非ず、従つて、裁判官は送致と共に事件関係記録、証拠等も入手し、調査官の調査報告或は前陳鑑別所観察所等よりの調査意見書により、既に非行及び保護処分の必要性につき蓋然的公証に達し始めて審判開始決定をなすものにして、裁判官は右蓋然的心証を有するものなり。

他面、非行少年に於ては右裁判官の心証となるべき諸資料に対しては之を弁解反駁をなし得べき正当なる法の手続を保障さるべきものならざるべからず。

審判に於ては裁判官が、少年の弁解を聴取し、然も心証に聊も動揺なき確信を得て、之が決定をなすべきことが最も其当を得たるものなり。

成熟せざる非行少年の自暴自棄的な放言、或は性格的の緘黙性等に、よく応々にして無条件裁判官の申聞けを承認することは明かなり。

従つて、仮令審判に列席すべきものとする規定無之ものとするも、家庭裁判所調査官、保護観察所の観察官、鑑別所の法務技官等を列席せしめ、裁判官自ら之等の調査報告、意見等に基く概略的報告、告知をなすのみに非ずして、直接意見、報告等をなさしむると共に、少年に対する否定反駁の意見開陳の機を与えしめ、以て調査意見の正当性を保障せしめざるべからず。

捜査段階及び調査段階の資料は孰れも少年に関係なき一方的判断資料にして之による肯定的判断は全く蓋然的心証に過ぎず、否定的証拠を加えて成立する肯定的判断こそ、即ち確信なり。

少年保護処分事件に於ては、刑事訴訟法の如き反対尋問権を有せざるにより之が行使不能なる証拠、即ち伝聞証拠にも審判の資料たり得るが如き感ありと雖も、如上の理念に徴し、斯る伝聞証拠を以て審判の資料となすは適正なる法の手続を疎明せざるものと謂わざるべからず。

本件審理に当りては前陳の如く、調査官、観察官或は保護司の本件少年に対する調査報告、又意見書に基き」方的に判断の資料となしたるものにして、明かに公正なる法の手続き欠きたる憲法違反の決定と謂わざるべからず。

右趣旨により抗告申立候也

昭和三九年三月三一日

抗告人親権者

抗告人 田○辰○

同 田○勝○

名古屋高等裁判所御中

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